安土城は、織田信長の天下統一の拠点として、琵琶湖畔の安土山(現在の滋賀県蒲生郡安土町)に建設された。
しかし、天主が完成した3年後の1582年(天正10年)に、信長の死(本能寺の変)とともに焼失してしまう。
その後、織田家の本拠地として(信長の後継者の居城として)存続したものの、豊臣秀吉の天下になるとともに廃城。
それ以後、織田信長が建立した總見寺が残るばかりとなる。

【安土城天主焼失の謎】


建設当時、安土山は琵琶湖の内湖(西の湖)に突き出た半島のようになっていた。
近年50年位の間にまわりは田圃となってしまったが、当時は水陸の交通の要所として城下町が栄えていた。

【安土山全景】

【城郭図と眺望】

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【整備工事って?】


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安土ホームページ
安土町のホームページ。安土城址付近の観光案内もあります。
Azuchi Castle
読売新聞で連載されている安土城址発掘整備の報告とガイド

[2000/1/0]
詣です。前田邸跡の調査が行われていたり、信忠邸跡の整備や、黒金門手前の道の整備も進んでいます。本丸の奥や、搦め手道など、どんどん見えてきているようです。

[1999/4/4]
でした。3/21。それでもめげずに百々橋口から登ってきました。ついでに色々資料も漁ってきました。城郭図とか、天主の模型写真とか追加してます。

[1999/1/14]
土城のページは、今年の元日、初詣と称して行って来たときの写真を使っています。大手道から天主台跡まで登りました。まだ他に、搦手道百々橋道とルートがある。百々橋道にも、もっといろいろなものがあるようなので、また近日中に行って来たいと思っています。


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