「事故」
小学生の僕は自転車に乗っていた。
自転車に乗ることは、ある時期から特別な意味を持つことになるのだけれど、この物語が、その前なのか、後なのか、定かではない。たぶん前だと思う。
その頃は、どこへ行くのにも自転車だった。自転車に乗ることによって、活動範囲が飛躍的に広がった。それまでは大冒険だった場所へも簡単に行けるようになった。
そして、僕は、自転車に乗って、家からそう遠くない、ある川の土手に行く。
(実際には家の近所にそんな川はないのだけれど。どうも東京の荒川や多摩川の土手(河川敷)のようなところだ。)
土手の上の道に自転車を置いて、土手を降りる。土手は、短い草で覆われている。
僕は土手の中頃に腰をおろし、足を伸ばし、仰向けになった。
いつの間にか隣に誰かがいた。「知っている人だ」という感覚はあるが、誰だかわからない。女の子だった。見たわけでもなく、確かめたわけではないけれど、同い年くらいの女の子だった。
いっしょにいるのが照れくさいという思いは、その頃の僕にとっては、ごく自然な感情だった。
(そういう年頃だ、ということで、同意を得られると思うのだけれど。)
とにかく、照れくさいので、僕は立ち上がると、土手を上り、自転車に乗って、そこを離れようとした。
でも、後ろ髪が引かれるような思いというのか、急いではいなかった。ゆっくりと、彼女なんか気にもとめないふうで。
自転車が走り始めると、彼女は、追いかけて来たようだ。
「彼女は走るのは得意。」
彼女がそう言ったとは思えないのだけれど、僕は、その時、彼女は走るのが得意だということを知っていた。
土手の道は、やがてトンネルに差し掛かる。トンネルといっても山の中ではなく、どうやら、大きな道路の下らしい。ガード下、といったところか。それでも、入り口は丸く、暗い、ちょっとした距離のトンネルだ。
彼女は、僕の右後方から走ってついてくる。僕は逃げているつもりはなかったけれど、何か照れくさくて、振り向きもせず、知らん顔を決め込んでいた。引き離そうともせず、ゆっくりと自転車をこぐ。彼女がついてこれるようなスピードを意識していたのか、いなかったのか・・・・・。
トンネルの手前で、突然、大きなトラックが右側から僕を追い抜いた。
その瞬間、僕は彼女がトラックに巻き込まれたと直感した。音がしたわけでもなく、
(たぶん、その頃の僕には事故の瞬間の知識がなかったせいかもしれないが)
とにかう、そう直感して自転車を止めたところで目が覚めた。
目が覚めて、はっきりわかった。彼女は、トラックに巻き込まれたんだ。